気道戦士 喉頭癌ダム

タバコの吸いすぎから喉頭癌ステージ4でシャント法手術を受けました。声帯摘出、放射線治療、抗癌剤・・・。これから手術を受ける人、治療の後がつらい人。私の体験や工夫が、何かのお役に立てばうれしく思います。

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§ PTSD?

広島の土砂災害、僕の実家は少し離れたエリアですので無事でしたが
さすがに、物凄い雨だったそうで、
なくなられた方々に深い哀悼の念を表します。


また、僕にも、阪神淡路大震災の記憶があり
こうした災害現場を見ると、その悲惨さ、惨たらしさが
奇妙な共感と共によみがえってきます。


そう言えば、子供の頃、第二次世界大戦の記録映像などが
盛んに流された時代がありましたが(…いまこそ、流すべきだとも思いますが)
戦争経験…というか、実戦経験のある父は


撃たれた兵士を見て、あれは死んだな…とか、生きてる、などとつぶやき
戦争映画を見れば、実際に撃たれたら、あんな反応はしない…とか
この役者は、実戦経験があるな…などと、語っていたのを思い出しました。


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▼父のPTSD?

当時、まだ子供だった僕には良く解かりませんでしたが
終戦から10年くらいが過ぎて、人々の暮らしも少し落ち着きはじめ

戦争体験者も、その重い口をやっと開き始めた時期
…だったような気も、しないではありません。


中国本土で戦った父は、その後、南京で終戦を迎え、収容所に入れられますが
当時の中国軍(蒋介石の軍)の兵士たちとは、決して険悪ではなく
八路軍(毛沢東の軍)が攻めてきたら、銃刀を渡されて応戦に駆り出され

相手も、敵が日本兵だと知ると、戦わずに逃げて行ったそうで
その日本兵の帰還と共に、蒋介石の国民党は劣勢となり、本土を追われて
台湾に逃げ出す…という、現在の中国になったようだが


もし、南京虐殺が事実なら、(父もそんなはずないけどなぁ…と言っていたが)
父達 日本兵は、現地の人たちにもっと冷遇されたはずだと、疑問に思っている。

▼先生のPTSD?

僕がヴァイオリンを習っていた音楽の先生は、南方の島帰りで
戦況が悪化したころマラリアになって、迎えに来た最後の病院船で、

この俵を持ち上げられたものだけ船に乗せてやる…
と言われて、必死で持ちあげた話を、茶話会などで良く話してくれ


持ち上げられなかったら死んでた。そして、元気だったら、また死んでた
輸送船の航路もまた同じ…と、涙ながらに語ってくれたモノだった。

▼叔父のPTSD?
母方の叔父は、海軍で、真珠湾攻撃に参加した潜水艦の教官。
二人乗りの魚雷艦で、発射したらほぼ帰れないほぼ特攻艦な訳だが
戦後、その潜水艦が引き上げられ、そのニュースが報じられた後

酒が入ると、俺が命じた通りに死んでやがった…と
何度も同じ話を聞かされるのが常であった。


もちろん、広島ですから、近所のおじさん・おばさん、
学校の先生、お店の人、オヤジの会社の社員さんたちなど、大人たちから
ピカドン(原爆)の話を嫌というほど聞かされ、
その実際が「はだしのゲン」も、遠く及ばない…事は、もちろんの事である。

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▼僕のPTSD?

もちろん、戦後生まれの僕に、戦争の記憶などは無いが
子供の頃、広島市内で 床上浸水して二階に逃げた記憶なら…ある。

バイクで転倒して、九死に一生を得た経験や
台風の中、サーフィンで(良い子はしちゃいけませんよ・苦笑) はるか沖に流され
このまま死んじゃうのかなぁ…などと、妙に冷静に自分を見つめた事もある。


阪神淡路大震災の折は、大阪市内でも
ビルの柱が折れ、窓ガラスが吹き飛び、街路樹がなぎ倒されたり
道路が陥没するような、大きな揺れだった訳だが

神戸の被害があまりに大きかったため、報道される事は無く
僕たち自身も、大したことではない…と思って来たが
実は、パニック映画のような事態を体験してきた…のかも知れない、と思っている。


▼新たなるPTSD?

今回、土石流の流れた八木地区は、その昔「八木の梅林」といって
ハイキングとか、サイクリングに行く場所だった。
緑井には、昔お洒落なプールがあって、良く遊びに行った思い出もある。

もちろん、安佐にも可部にも友人の家があり
中学高校の同窓会あたりから、そのうち訃報が入らないとも限らない。


テレビで何度も繰り返される、懐かしい風景がズタズタになった世界…。
これもまた、一つのPTSDとして、心の奥底に刻まれて行くのだろうが
テレビを見るのが なんだか、ちょっと辛い今日この頃…ではある。

本日も、ご愛読ありがとうございました。

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     ありがとうございました。

今日は、少し暗い話で すみませんでした。
こうした災害の度に思うのですが、真摯に災害と向き合っている記者もいれば
物見遊山気分でキャーキャー騒いでるだけのレポーターも居る。

報道も確かに重要な仕事…と、正しく理解しているつもり…ではありますが
必死の救援作業が行われてる、すぐ横で、何一つ援助もせず、誰も助けることなく


飛び回る、数多くの報道ヘリを見上げながら、頭に浮かぶのは
やはり「高見の見物」という、あまり気分の良くない単語、なのでしょうね。


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2014/08/24/Sun 20:07:03  雑学/CM:2/TB:0/
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014.08.25-17:38///EDIT/
Re: 鍵コメさま:  from - 癌ダム4G
ありがとうございます。

以下、過去の記事ですが、お読みいただけるとうれしく思います。

「喉頭癌のブログが少なすぎます」
http://gandam4d.blog8.fc2.com/blog-entry-70.html

「うれしいお手紙」
http://gandam4d.blog8.fc2.com/blog-entry-113.html

しかしながら、こんな話もあって、言葉を失いますが
「胸の潰れそうなお便り」
http://gandam4d.blog8.fc2.com/blog-entry-163.html

そのリアクションがこちら「うれしいコメント」
http://gandam4d.blog8.fc2.com/blog-entry-172.html


また、こういう事も…「僕たちにも<将来>はある!」
http://gandam4d.blog8.fc2.com/blog-entry-978.html

うれしい事も辛いこともあるブログですが
僕は、皆さまからのコメントで、十分報われていると思っています。
ご参考になれば、幸いです。
2014.08.26-02:14/癌ダム4G/URL/EDIT/

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 内緒です♪

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